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2017年8月

2017年8月25日 (金)

心に響いた言葉

ある冊子にあった言葉が心に響きましたshine

世はイエスを痛切に求めています。
人々は失意に対する答えを待ち望んでいるのです。
希望を持つ理由を熱望しています。

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2017年8月 9日 (水)

夢見る「三本の木」

古くから伝えられている夢見る「三本の木」のお話。

 イスラエルの国に、夢見る「三本の木」がありました。
 ベトレヘムの野原に枝を茂らせたオリーブの木、ガリラヤ湖のほとりに根を張った樫の木、そして、エルサレムのはずれに高くのびた松の木でした。

 オリーブの木の夢は、宝の箱になることでした。世界で一番の宝物をその中に入れることができるようにといつも願っていました。
 でも、実際は家畜のえさを入れる箱にされました。暗い洞穴の中に入れられ、太陽の光を見ることができませんでした。動物に蹴られたり、かじられたりして、傷だらけでした。オリーブの木は、夢が破れてがっかりしていました。
 ところがどうでしょう。星が明るく輝いたあの夜、飼い葉桶になったオリーブの木に、赤ちゃんが寝かせられたのです。そして、天使の歌が空に響いたかと思うと、羊飼いたちがやってきてその赤ちゃんを拝むではありませんか。なんと、この赤ちゃんは神の御子でした。オリーブの木は、世界で一番すばらしい宝、神の御子を抱きしめることができたのです。オリーブの木の願いはかなえられたのです!

 樫の木の夢は、豪華な船になることでした。王様を乗せて大きな海を航海することが、樫の木の願いでした。
 でも、実際は小さなボートになりました。大きな海ではなく、小さなガリラヤ湖に浮かべられました。王様を乗せるどころか、この船に乗ったのは、貧しい漁師たちでした。船にはいつも魚が散らばり、魚の臭いがこびりついていました。樫の木は、夢が破れたことをいつも嘆いていました。
 ある日のことです。ガリラヤ湖に突然、大嵐が起こりました。樫の木のボートは、湖に呑み込まれ、これで自分もおしまいかと思いました。ところが、そのボートに乗っていたひとりの人が立ち上がって、大声で叫びました。「黙れ。静まれ。」するとどうでしょう。あんなに荒れ狂っていた嵐がピタリと止んで、ガリラヤ湖は波一つない静かな湖となりました。その時、樫の木はこのお方こそ神の御子だということを知りました。王の王である神の御子をお乗せすることができたのです。樫の木は自分の夢がかなって、心から喜びました。

 松の木の夢は、みんなが自分を仰ぎ見る高い木になることでした。実際、松の木は、他のどんな木よりも高く、その夢はかなえられたかのように見えました。
 でも、ある日のこと、雷が松の木に落ち、松の木は無惨にも裂け、倒れてしまったのです。何の役にも立たなくなった松の木は、野原にただ転がっているだけで、誰にも見向きされませんでした。松の木の夢は、あの雷の日に砕け散ってしまったのです。
 ところが、この松の木にローマの兵隊たちが目をつけ、運びました。松の木は四角い柱になり、長い柱と短い柱が組み合わされて、十字架になりました。ローマの兵隊は、十字架になった松の木にひとりの人をはりつけにしました。その手と足から血が流れ出て、松の木は赤く染まりました。日中というのにあたりは真っ暗になり、ついにその人は死にました。その時、十字架を見守っていたローマの隊長は、十字架のもとに跪き、「まことにこの人は神の子だ。」と叫びました。
 その時、松の木は知りました。自分の上で死なれたお方が、神の御子だったことを。神の御は、私たち人間の罪のために身代わりの死を遂げられたのです。しかし、御子は復活し、弟子たちにご自分の生きておられることを示された後、天にお帰りになりました。それ以来、御子を信じる人たちは、十字架を立て仰ぎ見るようになりました。松の木は、みんなが自分を仰ぎ見るようにと願いましたが、今では、全世界の人々が仰ぎ見る最初の十字架になったのです。松の木の夢もかなえられたのです。

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 ベトレヘムで生まれ、ガリラヤ湖の嵐をしずめ、そして、十字架で死なれ、復活され、今も生きておられるイエス・キリスト。このキリストを信じる者は、不思議な方法で、その夢が実現し、その願いがかなえられるのです。

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